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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)966号 判決

控訴人 株式会社カクイチ

被控訴人 斉藤正雄

主文

一、原判決中控訴人と被控訴人とに関する部分のうち控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し二六七万二、五九七円およびこれに対する昭和四八年四月三〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

三、この判決は、第一項の金員の支払いを命ずる部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴会社代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加もしくは訂正するほか、原判決事実摘示中控訴会社と被控訴人とに関する部分と同一であるから、ここにこれを引用する(ただし、原判決三枚目表四行目「九五、九三五円」とあるを「九五、九三三円」と訂正する。)。

控訴会社代理人は、次のとおり述べた。

一、被控訴人は、原審被告斉藤廣雄(以下廣雄という。)が控訴会社との継続的商取引契約により現に負担し、かつ将来負担する一切の債務につき連帯保証したものである。

継続的商品売買代金の連帯保証の範囲を定めるには保証契約のなされた事情、保証される取引の実情、保証契約時からの経過期間等を考慮して合理的な範囲に限定さるべきであるが、本件においては、

(1)  債務者である被控訴人の実弟廣雄の事業の信用を増大し、仕入れを円滑にするため、営業状況を充分承知しているべき被控訴人が保証したものである。

(2)  取引開始昭和四六年一一月、保証調印同四七年一月、廣雄の倒産同年四月という短期間の出来事であり、かつ被控訴人は、契約書の文言上はともかく、廣雄が保証調印の際新たに開業するものでないことは充分知つており、従来控訴会社と取引がなかつたと考える方が不自然である。従つて被控訴人としては当然既発生の債務のありうることと考えていたものとみられ、特に既発生債務を保証しない趣旨ならば、その有無を確かめ、それを除外する旨明示すべきである。

(3)  当事者間では一応一、五〇〇万円の保証限度も定められており、契約書には「一切の債務」と書かれている。

(4)  保証調印当時、廣雄の三か月後の倒産は予想もされず、取引債務は継続的に発生することが予想されていた。

(5)  手形期間の点から常時残存する債務額は、取引月額の四倍程度と見込まれていた。

等を総合すると、大体右の範囲内にある債務は、その発生の保証契約成立時の前後を問わず、すべて保証する趣旨に解してよく、本訴請求額はその範囲に収まるものである。

また、控訴会社は、既発生債務のあること、その額を被控訴人に告知しなかつたが、本件においては、保証人と主債務者の身分関係を考えると、被控訴人は、取引のすべて、廣雄の事情のすべてを知悉しているとみなさるべき事情にあり、従つて保証契約時に取引、債務の実情を控訴会社から被控訴人に進んで明らかにすべき義務はなく、むしろ被控訴人から控訴会社に問い合わすべきである。なお、保証契約書(甲第一六号証)に「本契約を承認し」(第一五条)とあるは、一般に取引開始時に保証人を立てて貰う控訴会社の方針に従つた書式を利用したにすぎない。

二、原審において控訴会社が予備的主張として被控訴人が控訴会社に対して本件手形金債務を連帯保証した時期について、昭和四七年三月末頃と主張したが(原判決三枚目表一〇、一一行目)、これを同年五月四日頃と改める。

仮りにそのときまで保証債務の範囲につき合意がなかつたとしても(または調印後のものとする旨の合意があつたとしても)、このとき従来の契約を補充または訂正し、本訴請求債務金額を保証する旨の合意がなされたものである。

三、仮りに被控訴人の保証の範囲が廣雄の全債務に及ばないとしても、その範囲は、保証契約に署名押印した昭和四七年一月二一日以降に生じた債務である。即ち、同年二月発生分(前月二一日から同月二〇日までに発生、以下同じ)二三万〇、三〇一円は、翌三月手形(甲第四号証)が、同年三月発生分四四万二、二九六円は、翌四月手形(同第六号証)がそれぞれ振出されたが、いずれも不渡となり、また同年四月発生分九万五、九三三円は、翌五月五万円内入れされ、残四万五、九三三円が未払いである。従つて前記二通の手形金計六七万二、五九七円および売掛金四万五、九三三円、合計七一万八、五三〇円は、被控訴人の保証すべき債務の範囲に含まれる。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、そもそも継続的保証責任の内容は、極めて広汎であり、責任の限度額や期間の定めがない場合には、余りに責任が過大になり過ぎるとして、合理的な範囲に責任を限定しようとする考え方が圧倒的である。

いうまでもなく、保証契約の内容は、第一次的には債権者と保証人とが相互理解のもとに決定すべきである。にも拘らず、本件保証契約においては債権者は、保証人と面接はおろか、電話連絡もしたことがなく、保証の責任の範囲について一度も意思の確認をしていない。とすれば、本件保証の内容は、本件継続的商取引に関する契約書(甲第一六号証)第一五条の解釈にたよらざるをえない。この場合文言上考えるに、保証人は、何ら制約なく保証するのではなく、「本契約を承認し」て保証するのである。そして本契約は、契約書の形式からして保証契約と同時になされるものであることが予定されている。

二、被控訴人が控訴会社を訪れた際、控訴会社は、廣雄の債務が一体如何なる取引、即ち実質は被控訴人が保証調印以前の取引によつて生じたものであることを説明していない。従つて控訴会社主張の如くあらためて廣雄の全債務を保証することはありえない。

三、本件保証契約は、継続的商取引契約書(甲第一六号証)が控訴会社の手元に届いてはじめて確定的に成立したのであつて、それだからこそ、控訴会社も右契約書に契約成立期日を記入したのである。

(証拠省略)

理由

一、1.控訴会社が鋼板等の金物の販売業者であり、廣雄が板金業者であること、保証契約成立の時期および保証の範囲の点を除き、被控訴人が控訴会社と廣雄間の継続的商取引契約に基いて廣雄が負担する債務につき連帯保証をしたことは、当事者間に争いがない。控訴会社は、右保証の範囲は、保証契約成立の前後を問わず、継続的商取引契約に基く一切の債務に及ぶと主張するのに対し、被控訴人は、そのうち保証契約成立後の取引によつて生じた債務のみに限定されると抗争するので、この点について判断する。

2.前記当事者間に争いのない事実に成立に争いのない甲第一六号証、原審および当審証人有沢徳雄、当審証人降旗広の各証言、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果(各その一部)を総合すれば、

(1)  廣雄は、第三者の紹介を得て控訴会社に対して取引をして貰いたい旨を申込み、昭和四六年一一月頃、右両者間において継続的商取引契約を結んで、控訴会社が廣雄の注文に基き、亜鉛鉄板およびその成型品を継続的に販売し、廣雄は、その代金を控訴会社が毎月二〇日に締切り請求した額を翌月五日までに現金または締切日の月末起算九〇日以内の支払期日の手形によつて支払うことを約束し、右契約に基き控訴会社は、廣雄に継続的に販売した。

(2)  控訴会社と廣雄は、右契約締結とともに継続的商取引に関する契約書(甲第一六号証)を作成し、それぞれ該当欄に記名押印したのであるが、右契約の締結は、廣雄がその実兄である被控訴人を保証人に立てるという条件であつたので、控訴会社は、その頃から再三にわたり廣雄に対し右条件の履行を求めた。

(3)  廣雄は、昭和四七年一月二一日亡父の初七日の法事で被控訴人方に赴いた際、被控訴人に対し前記契約に基き同人が負担する債務について連帯保証をすることを求めた。被控訴人は、これを承諾して前記契約書の連帯保証人欄に署名、押印した。そして廣雄は、右契約書を同年二月初頃控訴会社に交付した。なお右契約書の作成日付は、同年同月二一日となつているが、右日付は、右契約書が長野市の控訴会社の本社に送られて後、同社員によつて記入されたものである。

(4)  前記契約書には廣雄の負担する一切の債務について連帯保証する旨記載され、そのほか特に保証の範囲についての制限、保証期間についての約定はない。

(5)  被控訴人は、廣雄の長兄であり、父のあとをついで農業をしており、一方廣雄は、中学卒業後家を出て自動車工場に半年勤めた後、板金見習に転じ、昭和四一年独立した。被控訴人は、本件以前にも廣雄のため同人と三晃金属株式会社の取引について保証人となつたことがあつた。廣雄は、昭和四六年の盆に帰郷した際、被控訴人に対し自己の事業について月商三〇〇万円位で、五、六人の人を使つている旨話していた。

以上の事実が認められ、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前記各証拠と対比して措信し難く、他に右認定を左右しうる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人は、廣雄の長兄であるという身分関係および責任から、同人から請われるままに、同人の仕入れを円滑にし、事業を援助する趣旨で本件保証契約をなしたものであつて、強いて保証をしなければならない間柄ではないが、義理にからまれて断わり切れず、嫌々なす保証とは性質を異にすると考えるのが相当である。

3.ところでいわゆる継続的保証については、その強度の個人的信用関係と責任の広汎性の観点からして、その責任の範囲を限定すべき約定のある場合には保証人の利益のために厳格に解釈さるべきであり、かかる特別の約定のない場合においても、保証契約当時の具体的事情と取引慣行ないし信義則に従つて保証人が不当に苛酷な責任を負わされることのないような考慮が必要とされることはいうまでもない。かかる考え方に立つてみるに、一般に継続的取引の途中で買主のために、買主と前叙の如き身分関係にある者が前叙の如き趣旨で保証した場合には、そして保証の範囲および保証期間について明確な制限を定めなかつた場合には、特に保証契約成立以前の取引が長期間にわたり、すでに高額の債務が生じており、それをも保証の範囲に含めたときには、保証契約締結の際、将来負担することあるべき額として予想したものをはるかに越え、保証人に苛酷な負担を強いることとなり、また保証人としても前もつて右事実を知つていたならば保証契約を締結しなかつたであろうと認められる特別の事情のある場合を除き、原則として保証契約成立の前後を問わず、前記取引から生じた一切の債務を保証する趣旨と解するのが相当である。

本件についてみるに、被控訴人と廣雄との身分関係、被控訴人が保証した趣旨および本件保証契約には、保証の範囲の制限、保証期間について特約のないことは、前叙のとおりである。そして被控訴人は、廣雄から事業の規模として月商三〇〇万円程度と聞かされており、また控訴会社と廣雄との取引は相当期間は続くものと考えるのが普通であるから、将来保証人として負担することあるべき債務額も相当額になることを当然予想したものと考えられる(被控訴人は、原審および当審における本人尋問において、契約書に署名したが、保証人として責任があるとは思わず、従つて保証限度額は考えなかつた旨の供述をするが、右供述は措信することができない。)廣雄の控訴会社に対する債務額は、後記認定のとおり合計二七一万八、五三〇円であるが、そのうち被控訴人が契約書に調印した昭和四七年一月二一日以降に発生した債務額をとれば、その額は、合計七一万八、五三〇円であつて(右事実は、原審証人南沢徳雄の証言により成立が認められる甲第四号証の一、二、同第六号証、同第一一ないし、第一四号証、同第一七号証の一、二、当審証人南沢徳雄の証言により成立が認められる同第一八号証の一ないし四、当審証人南沢徳雄、同降旗広の各証言により認められる。)、たまたま昭和四七年四月廣雄の倒産により控訴会社が取引を打ち切つたため(右事実も前記各証言により認められる。)、既発生債務がその大半を占める結果となつている。しかしながら、被控訴人が保証契約締結の際既発生の債務のあることを知らなかつたとしても、それ以前の取引期間は僅か二か月余の短期間に過ぎず、その間に生じた債務を加えても右債務総額は、前記被控訴人負担を予想がした額をはるかに超えているものとは考えられない。のみならず廣雄と控訴会社との取引が当初予想されたように継続されれば、既発生債務が減少するとともに保証契約後に発生した債務が増大し、従つて前記比率が逆転することも考えられないではない。してみれば、被控訴人について苛酷な負担を強いることになるとは認められず、また前記特別の事情を認めるに足る証拠もないから、被控訴人は、単に保証契約成立後に発生する債務のみならず、既発生の債務を含め前記継続的商取引より生じた一切の債務につき保証したものと解するのが相当である。なお、保証契約締結に際して、控訴会社が被控訴人に対して既発生の債務のあることおよびその額を告知しなかつなことは、控訴会社の自陳するところであるが、前記認定の事実関係のもとにおいては、控訴会社に告知義務があるというのは相当でないと認められるから、控訴会社が信義則に反するものということはできない。

従つて控訴会社の前記主張は理由があるというべきである。

二、そこで債務額について検討する。前掲甲第四号証の一、二、同第六号証、同第一一ないし第一四号証、同第一七号証の一、二、同第一八号証の一ないし四、原審証人南沢徳雄の証言により成立が認められる同第一ないし第三号証の各一、二、同第五号証、同第七ないし第一〇号証、原審および当審証人南沢徳雄、当審証人降旗広の各証言を総合すれば、廣雄は、控訴会社に対し、昭和四六年一一月から同四七年四月までの取引により生じた買受代金のうち一部を支払つたが、なお合計二七一万八、五三〇円の債務を負つていること、右債務額のうち四万五、九三三円は、廣雄が控訴会社から昭和四七年三月三一日から同年四月一〇日までの間に買受けたボンデ鋼板外二点の代金九万五、九三三円のうち一部支払つな残額であること、従つて本件継続的商取引契約によりその履行期は、同年五月五日であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三、以上の次第であるから、被控訴人は、広雄の連帯保証人として、控訴会社に対し前記二七一万八、五三〇円および内金二六七万二、五九七円に対する訴状送達の日の後であること記録上明らかな昭和四八年四月三〇日から、内金四万五、九三三円に対する履行期の翌日である同四七年五月六日から各完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務あるものというべく、従つて被控訴人に対し右金員の支払いを求める控訴会社の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく相当であるから、これを認容すべきである。

よつて原判決中右と判断を異にし、控訴会社の請求を棄却した部分は失当であるから、これを取り消し、被控訴人に対し前記金員の支払いを命ずることとして、民事訴訟法第三八六条第九六条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田辰雄 小林定人 野田愛子)

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